張大千ちょうたいせん

時代 清・光緒25(1899)~台湾・民国72(1983年)
カテゴリー 中国美術
プロフィール 張大千(チャン・ダーチエン / Zhang Daqian, 1899-1983)
張大千(ちょう たいせん)は、中国を代表する画家であり、20世紀の中国美術において最も重要な人物の一人です。彼は「東洋のピカソ」とも称され、伝統的な中国絵画の技法を深く探求するとともに、西洋美術の影響を取り入れた斬新な表現を確立しました。

1. 生涯

◇ 幼少期と学び(1899-1919)
張大千は1899年、中国・四川省内江に生まれました。彼の家系は芸術に造詣が深く、幼い頃から書画の技術を学びました。特に、兄の**張善孖(ちょう ぜんじ)**も画家であり、彼の指導を受けて絵画の道に進みました。

◇ 上海時代(1919-1940)
1920年代に上海に移住し、名画家の**曾熙(そう き)や李瑞清(り ずいせい)**から書画を学びました。この頃、明や清時代の伝統的な山水画、花鳥画、人物画の技法を修得しました。また、中国の古典美術を研究し、多くの古画を模写することで、古典技法を極めていきました。

◇ 敦煌の研究(1941-1943)
1941年には**敦煌(とんこう)**の莫高窟(ばっこうくつ)に滞在し、古代壁画の模写を行いました。これは彼の画風に大きな影響を与え、鮮やかな色彩と緻密な表現が特徴的な作品が生まれるきっかけとなりました。

◇ 海外移住と国際的評価(1949-1983)
1949年、中国共産党の台頭により、張大千は中国を離れ、インド、アルゼンチン、ブラジルを経て、最終的に台湾とアメリカに定住しました。特に1950年代以降、ヨーロッパで活動し、ピカソとも交流を持ちました。この時期に西洋の抽象表現主義に影響を受け、彼の代表的な「潑墨(はつぼく)」「潑彩(はつさい)」技法が誕生しました。

1983年に台湾で亡くなりました。

2. 画風と技法

張大千の画風は、彼の生涯を通じて大きく変化しました。

(1) 伝統的な工筆画
若い頃は、宋・元・明・清の伝統的な山水画や花鳥画を学び、緻密で洗練された「工筆画(こうひつが)」を得意としました。彼は古典技法の名手として評価され、多くの古画の贋作を制作しましたが、あまりに精巧だったため、専門家でも真贋を見分けるのが困難だったと言われています。

(2) 敦煌壁画の影響
敦煌壁画の研究を通じて、鮮やかな色彩を多用するようになりました。特に、仏教美術の影響を受けた色彩の豊かさは、彼の後の作品にも反映されています。

(3) 抽象表現「潑墨(はつぼく)」と「潑彩(はつさい)」
1950年代以降、彼は伝統的な山水画に西洋の抽象表現を取り入れ、「潑墨(はつぼく)」や「潑彩(はつさい)」と呼ばれる独自の技法を生み出しました。

潑墨(はつぼく):墨を紙の上に大胆に散らし、偶然の形を生かして風景を描く技法。
潑彩(はつさい):潑墨の技法に色彩を加え、鮮やかな表現を追求したもの。
この画風は、西洋の抽象画家とも共鳴し、特にジャクソン・ポロックのアクション・ペインティングと比較されることがあります。

3. 代表作品

(1)《青城山図》
四川省の名山を描いた伝統的な山水画で、彼の初期の技術の高さがうかがえます。

(2)《敦煌写生》
敦煌の壁画を模写した作品群で、鮮やかな色彩と精緻な線描が特徴です。

(3)《潑彩山水》シリーズ
晩年の代表的な作品で、伝統的な山水画と西洋の抽象表現を融合させたものです。

4. 張大千の影響と評価

伝統的な中国画の巨匠として、20世紀の中国美術界において最も重要な人物の一人とされています。
彼の作品はオークション市場でも高額で取引され、2011年には「桃源図」が約5,600万ドル(約60億円)で落札され、当時の中国画の最高額を記録しました。
西洋美術との融合により、中国画の新しい表現の可能性を切り開いた点で、多くの現代中国の画家に影響を与えています。
5. 張大千の市場価値と骨董品としての評価

張大千の作品は世界中のコレクターに人気があり、美術品市場でも極めて高い評価を受けています。

オークションでの高額落札:彼の作品は、サザビーズやクリスティーズなどの国際オークションで数億円規模で取引されています。
贋作の存在:彼自身も贋作を作るほどの技術を持っていたため、真贋の鑑定が非常に難しい作家です。
近年の評価の高まり:中国国内外での人気が続いており、特に中国の富裕層の間で高い需要があります。


まとめ
張大千は伝統的な中国絵画の技術を極めた後、西洋美術の影響を受けて独自の抽象表現を確立した20世紀を代表する画家です。彼の作品は美術市場で高く評価され、今後もその価値は高まると考えられます。