黄公望こうこうぼう
時代 | 南宋・咸淳5(1269)~元・至正14(1354) |
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カテゴリー | 中国美術 |
プロフィール | [生]咸淳5(1269) [没]至正14(1354)? 中国,元末の文人画家で元末四大家の一人。常熟 (江蘇省) の人。字は子久,号は大癡道人,一峯,井西道人。博学の誉れ高く,一時仕官したがのち官を捨て,占い師などの放浪生活に入り,晩年,富春山に隠棲。 黄公望(こう こうぼう / Huáng Gōngwàng, 1269年 - 1354年) 黄公望(こう こうぼう、拼音: Huáng Gōngwàng)は、元代の中国の著名な画家・書家・詩人です。彼は「元四大家(元代の四大画家)」の一人として知られ、特に山水画の発展に大きな影響を与えました。 1. 生涯 ① 出生と初期の活動 生年:1269年(宋代末期) 没年:1354年(元代) 出身地:浙江省常熟(現在の蘇州市常熟市) 黄公望は南宋の末期に生まれましたが、当時の中国はモンゴルの元朝に支配されつつありました。彼の本名は陸堅で、幼い頃に黄姓の家庭に養子に出されたため、「黄」の姓を名乗るようになりました。 若い頃は**科挙(官吏登用試験)**を受験し、元の政府で税務官僚として働いていました。 しかし、元の統治に不満を持ち、**隠遁生活を選び、道士(道教の修行者)**として山水画や詩作に没頭しました。 ② 文人画家としての活動 黄公望は、政治を離れた後、道教の隠者として放浪し、多くの自然の景色を観察しました。これが彼の独特な山水画のスタイルを生み出す基盤となりました。 彼は**「士人画(文人画)」**の伝統を深め、個性的な筆遣いを追求しました。 山水画の表現を進化させ、後の明・清時代の文人画家たちに大きな影響を与えました。 2. 画風と技法 黄公望の絵画は、北宋の李成・郭煕、南宋の馬遠・夏珪の影響を受けつつも、独自のスタイルを確立しました。 ① 筆法の特徴 「披麻皴(ひましゅん)」:麻糸を重ねるような筆のタッチで、山の質感や起伏を表現する技法。 淡墨と濃墨を巧みに使い分け、立体感を演出。 細かい筆使いよりも、大胆な筆致で気韻を重視した表現。 ② 文人画としての発展 **宮廷画(院体画)の精密さとは異なり、精神性を重視した「文人画」**を確立。 詩・書・画を融合させた作品が多く、後の「三絶」(詩・書・画の三つを極める)と呼ばれる文人画家の理想像を確立。 3. 代表作 ① 《富春山居図(ふしゅんさんきょず)》 黄公望の最高傑作であり、中国絵画史上最も重要な山水画の一つ。 元の天暦2年(1335年)から約3年かけて制作。 浙江省の富春江の風景を描いた長巻の山水画。 淡い墨の筆致で自然の雄大さと詩的な雰囲気を表現。 富春山居図の歴史 明の時代、この絵は2つに分断されました。 前半部分:「剩山図(せいざんず)」 → 浙江省博物館に所蔵。 後半部分:「無用師巻」 → 台北の故宮博物院に所蔵。 現在も分断された状態のままで、二つの美術館に収蔵されている。 ② その他の作品 《天池石壁図》:ダイナミックな筆致で岩山と湖を描いた作品。 《九峰雪霽図》:雪景色の山水画。 《渓山雨意図》:自然の霧や雨の雰囲気を繊細に表現。 4. 黄公望の影響 黄公望は、彼の弟子である**王蒙(おう もう)**をはじめとする多くの画家に影響を与えました。 ① 「元四大家」の一人 元代の代表的な山水画家として、「元四大家」に数えられます。 黄公望(こう こうぼう) 倪瓚(げい さん) 呉鎮(ご ちん) 王蒙(おう もう) この4人は、宮廷画とは異なり、自由な筆致で精神性を重視した文人画のスタイルを確立しました。 ② 後世の画家への影響 明代の沈周・文徴明らの**「明四大家」**に影響。 清代の石濤・髡残(こんざん)らの**「清初六大家」**に受け継がれる。 日本の**江戸時代の南画(文人画)**にも影響を与えた。 特に、日本では池大雅や与謝蕪村といった文人画家が黄公望の技法を学び、独自の作品を生み出しました。 5. 黄公望のまとめ 項目 内容 名前 黄公望(こう こうぼう) 生年 1269年(宋の時代) 没年 1354年(元の時代) 出身地 浙江省常熟(現在の蘇州市常熟市) 代表作品 《富春山居図》《天池石壁図》《九峰雪霽図》 芸術分野 山水画、文人画 特徴 「披麻皴」の技法、詩意のある山水表現 影響を受けた画家 李成、郭煕、馬遠、夏珪 影響を与えた画家 王蒙、沈周、文徴明、石濤、与謝蕪村 黄公望は、元代を代表する山水画家であり、中国美術史において最も影響力のある文人画家の一人です。彼の作品は、単なる風景描写にとどまらず、詩的な情緒や精神性を重視した表現が特徴であり、後世の画家たちに多大な影響を与えました。 |