山中雪人やまなかゆきと

時代 1920〜2003年
標準発表価格 300,000 円
カテゴリー 掛け軸,絵画、書画
作品種別 現代日本画家
プロフィール 広島県出身の日本画家。宗教画を得意とする。日本美術院同人。元広島市立大学教授。妻は日本画家の水谷愛子。


山中 雪人(やまなか ゆきと、1920年2月12日生まれ、2003年6月5日逝去)は、日本の日本画家であり、日本美術院同人として活躍しました。広島県広島市台屋町(現・京橋町)の浄土真宗寺院に生まれ、幼少期から仏教文化に親しみました。1937年、広島崇徳中学校を卒業後、川端画学校で学び、翌年には東京美術学校(現・東京藝術大学)日本画科に入学し、結城素明や川崎小虎の指導を受けました。1942年、同校を繰り上げ卒業し、太平洋戦争中は中国の漢口(現・湖北省武漢市)に配属されました。戦後の1946年に復員し、広島実践女学校の教師として勤務した後、1948年に上京し、横浜市立蒔田中学校で教鞭を執りました。1949年には、日本画家の水谷愛子と結婚しています。
東京文化財研究所

画業と受賞歴

1951年、月岡栄貴の紹介で前田青邨に師事し、本格的に日本画家としての道を歩み始めました。1956年、第41回日本美術院展覧会(院展)に「海光」を出品し、初入選を果たしました。1970年、インドネシアのボロブドゥール遺跡を訪れた際、大きな感銘を受け、以降アジア各地の仏跡を巡り、仏教をテーマとした作品を多く制作しました。
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1984年から1986年にかけて、院展で「雲岡石佛」「佛陀伝想」「雲岡佛」といった作品を発表し、3年連続で日本美術院賞(大観賞)を受賞しました。この功績により、1986年に日本美術院同人に推挙されました。1992年には「釈迦と弟子」で文部大臣賞、1997年には「架檐(十字架を担うキリスト)」で内閣総理大臣賞を受賞しています。
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教育者としての活動

1980年、愛知県立芸術大学の非常勤講師として、法隆寺金堂壁画の復元模写を指導しました。1993年には、広島市立大学芸術学部日本画科の主任教授に就任し、2000年まで後進の育成に努めました。
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作風と主な作品

山中雪人の作品は、釈迦やキリストをテーマに、尊厳と気品に満ちた宗教画が特徴です。鉄線描風のシャープな線描と淡麗なマティエールを用い、墨線のみによる白描で表現する独自のスタイルを確立しました。代表作には「釈迦三尊」「釈迦と弟子」「架檐」などがあります。
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晩年と死去

2003年6月5日、肺がんのため横浜市の病院で逝去しました。享年83歳でした。
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山中雪人の作品は、現在も多くの美術館やコレクターによって大切に保存され、その芸術性は高く評価されています。特に、呉市立美術館や平塚市美術館などで彼の作品を見ることができます。
クレビ