塩出英雄しおでひでお

時代 1912〜2001年
標準発表価格 400,000 円
カテゴリー 掛け軸,絵画、書画
作品種別 現代日本画家
プロフィール 明治45年(1912年)4月6日、広島県福山市生まれ。昭和6年(1931年)帝国美術学校(現・武蔵野美術大学)日本画科に入学。奥村土牛に師事し、昭和12年(1937年)より院展で活躍。昭和25年(1950年)「泉庭」が日本美術院賞、昭和44年(1969年)「春山」が内閣総理大臣賞となる。昭和38年(1963年)母校・武蔵野美術大学教授。昭和59年(1984年)武蔵野美術大学名誉教授就任。昭和60年(1985年)、武蔵野美術学園学園長に就任。

塩出 英雄(しおで ひでお、1912年4月6日 – 2001年3月20日)は、日本の日本画家であり、教育者としても活躍しました。広島県福山市に生まれ、奥村土牛に師事し、日本美術院を中心に活動しました。また、武蔵野美術大学の教授として後進の育成にも尽力しました。

生涯と経歴

幼少期と教育:1912年、広島県福山市に生まれました。1931年、帝国美術学校(現・武蔵野美術大学)日本画科に入学し、山口蓬春の指導を受けました。また、金原省吾から東洋美学や東洋美術史、高楠順次郎から仏教学を学び、幅広い知識を身につけました。
東京文化財研究所
画家としての活動:1937年、第24回日本美術院展覧会(院展)に「静坐」を出品し、初入選を果たしました。その後も院展での出品を続け、1950年には「泉庭」で日本美術院賞・大観賞を受賞しました。1961年には「渡殿」で再び日本美術院賞・大観賞を受賞し、日本美術院同人に推挙されました。1969年には「春山」で内閣総理大臣賞を受賞しています。
東京文化財研究所
教育者として:1936年、帝国美術学校の助手となり、その後、講師、助教授を経て、1963年に武蔵野美術大学の教授に就任しました。1984年には同大学の名誉教授となり、長年にわたり後進の指導に努めました。
東京文化財研究所
作風と主な作品

塩出英雄の作品は、日本画の伝統的な技法を基盤としつつ、独自の美学を追求したものでした。特に風景画において、自然の美しさを繊細かつ深く表現しています。代表的な作品には、「泉庭」「渡殿」「春山」などがあります。
東京文化財研究所

受賞歴

1950年:「泉庭」で日本美術院賞・大観賞を受賞。
1961年:「渡殿」で日本美術院賞・大観賞を受賞。
1969年:「春山」で内閣総理大臣賞を受賞。
晩年と死去

2001年3月20日、脳腫瘍のため東京都杉並区の病院で逝去しました。享年88歳でした。
東京文化財研究所

塩出英雄の作品は、現在も多くの美術館やコレクターによって所蔵され、その芸術的価値は高く評価されています。また、教育者としても多くの後進を育成し、日本画の発展に大きく貢献しました。