于右任うゆうじん
時代 | 1879〜1964 |
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カテゴリー | 中国美術 |
作品種別 | 中国 書家 |
プロフィール | 于右任 清末・民国の政治家・書家。陝西省三原生。名は伯循、右任は字。日本に留学中、孫文と会い、以後中国民主革命の先駆者として活躍した。民国成立後、交通部次長・陜西省靖国軍総指令・国民政府委員を経て、審計院院長・監察院院長を歴任。民国38年国民政府と共に台湾に移った。詩文を能くした。民国53年(昭和39・1964)歿、86才。 于右任 清末・民国の政治家。陜西省三原生。名は伯循、右任は字。光緒27年の挙人。民国成立後、交通部次長・陜西省靖国軍総指令・国民政府委員を経て、審計院院長・監察院院長を歴任する。詩文を能くした。民国53年(昭和39)歿、86才。 于右任(う・ゆうじん / Yú Yòurèn, 1879年 – 1964年)とは? 1. 概要 于右任は、中国近代史における著名な政治家、革命家、教育者、書家(書道家)です。特に書道の分野では、彼が確立した「標準草書(ひょうじゅんそうしょ)」によって、20世紀の書道界に大きな影響を与えました。 2. 生涯 1879年: 清朝の時代、陝西省三原県に生まれる。 1902年: 日本に留学(東京・弘文学院)。孫文(孫中山)らと交流し、革命思想を学ぶ。 1911年: 辛亥革命に参加し、中華民国の成立に貢献。 1912年: 中華民国成立後、「共和日報」を創刊し、言論界で活動。 1928年: 南京国民政府(蒋介石政権)で要職に就く。 1949年: 国共内戦後、蒋介石と共に台湾へ移る。 1964年: 台北で死去。 3. 書道家としての功績 于右任は、草書(特に行草)を得意とし、「標準草書」の提唱者として知られています。標準草書とは、古来の草書の難解さを簡略化し、より統一的で読みやすい草書を目指したものです。 彼の書風は、豪放かつ流麗でありながら、非常に読みやすいのが特徴です。そのため、現在でも台湾や中国の書道界において広く尊敬されています。 代表的な書道作品: 「標準草書千字文」 「中華民国国歌」 「陝西于氏家譜」 4. 政治家としての活動 于右任は、孫文(孫中山)の三民主義(民族・民権・民生)に強く共鳴し、中華民国の創設に尽力しました。特に報道や言論活動を通じて民主主義の推進を試みました。 また、蒋介石政権下では監察院長として腐敗撲滅に努めましたが、彼自身は清廉な政治家として評価されています。 5. 文化・教育への貢献 彼は教育者としても活躍し、南京において大学設立に関与しました。また、書道教育にも力を入れ、多くの弟子を育てました。 6. 于右任の名言 「字は人なり」(書はその人の人格を映し出す) 「人の心に従い、筆の勢いに任せる」(自然体の筆遣いが大事) 7. まとめ 于右任は、書家としてだけでなく、政治家・教育者としても中国近代史に大きな足跡を残しました。特に「標準草書」を確立し、書道の大衆化に貢献した点が彼の最大の功績と言えます。 もし彼の書風や書道理論についてさらに深く知りたい場合は、彼の「標準草書千字文」や「于右任書法全集」を参考にするとよいでしょう。 |