(三代)豊国(さんだい)とよくに
時代 | 江戸時代 |
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カテゴリー | 掛け軸,絵画、書画 |
作品種別 | 浮世絵 |
プロフィール | 江戸後期の浮世絵師。江戸生。姓は角田、名は庄蔵、のち肖造と改める。初号は国貞、別号に一雄斎・五渡亭・香蝶楼・琴雷舎等多数。幼少より画才を認められ、初代豊国の門に入って歌川と称し、絵の修業を積んだ。美人画を得意とし、化政・天保期を風靡するほどの勢いと力を持っていた。元治元年(1864)歿、79才。 三代歌川豊国(さんだい うたがわ とよくに)とは 三代歌川豊国(1786年〈天明6年〉 – 1865年〈慶応元年〉)は、江戸時代後期の浮世絵師で、 本名は歌川国貞(うたがわ くにさだ)。 浮世絵後期を代表する最大の人気絵師のひとりであり、特に役者絵と美人画で絶大な名声を博しました。 生涯と来歴 本名:角田庄蔵(すみだ しょうぞう) 生年:1786年(天明6年) 没年:1865年(慶応元年) 師匠:初代歌川豊国 号(画号): 若い頃は「国貞」(くにさだ) 晩年、師・豊国の名跡を継ぎ「三代豊国」を名乗る ほかに「五渡亭国貞」「香蝶楼国貞」なども使用 拠点:江戸(現在の東京) 若い頃から初代豊国に師事し、20代ですでに人気絵師として浮世絵界に頭角を現しました。 嘉永年間(1850年代)には、正式に「豊国」の名を継ぎ、三代目豊国を称しました。 作風と特徴 1. 役者絵(特に得意) 歌舞伎役者を描いた錦絵(多色刷り版画)を大量に制作。 役者の顔立ちや衣裳を、リアルかつ華やかに描き、舞台の臨場感を浮世絵に封じ込めました。 役者の個性や芝居の名場面を生き生きと表現する技術に優れ、江戸市民の絶大な支持を受けました。 2. 美人画 美人画も多く手がけました。 ほっそりとした優雅な美人像から、しっとりと落ち着いた成熟した女性像まで、幅広いスタイルを描き分けました。 衣裳の豪華な文様描写も見どころです。 3. 多様な画題 役者絵・美人画にとどまらず、歴史画、武者絵、風景画、相撲絵、妖怪画まで、非常に幅広いテーマを手がけました。 三枚続(横に3枚並べる大作)を得意とし、ダイナミックな構成を活かした作品が多いです。 主な代表作 「江戸名所百人美女」 江戸各地の名所に美人を配したシリーズ作品。 **「役者大首絵」**シリーズ 歌舞伎役者の顔を大きくクローズアップした迫力ある作品群。 「当世好男子競」 人気役者たちを美男風に描いた作品。 **「仮名手本忠臣蔵」**関連浮世絵 歌舞伎の代表演目「忠臣蔵」を題材にした数多くの役者絵シリーズ。 「美人十二か月」 季節ごとに美人を描いた優雅な作品。 これらは、現在、東京国立博物館、ボストン美術館、メトロポリタン美術館、大英博物館など世界中の主要美術館に収蔵されています。 三代豊国の特徴まとめ 特徴 内容 得意分野 役者絵、美人画、風俗画 画風 華麗な色彩、緻密な衣裳模様、写実性とデザイン性の融合 技法 多色刷り錦絵、三枚続大判構図の名手 評価 江戸末期を代表する浮世絵絵師、庶民の人気絶大 後継者・弟子 歌川芳虎、歌川国芳(系統違い)、月岡芳年(孫弟子)などに影響 なぜ「三代豊国」は重要なのか 江戸後期最大の絵師:国貞(=三代豊国)は、浮世絵史上最大量の作品を残したともいわれています。 庶民の感覚に寄り添った絵師:国貞の絵は、奇をてらわず、わかりやすく、見て楽しい世界を作り上げました。 近代浮世絵の礎:国芳や芳年など、幕末から明治初期に活躍する後進たちに大きな影響を与えました。 まとめ:三代歌川豊国とは? 「庶民のための浮世絵を究めた絵師」 「江戸末期を代表する最大の人気絵師」 それが三代歌川豊国です。 |