長谷川昇はせがわのぼる
時代 | 1886〜1973年 |
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標準発表価格 | 55,000 円 |
カテゴリー | 掛け軸,絵画、書画 |
作品種別 | 現代日本画家 |
プロフィール | 洋画家、日本芸術院会員。 東京出身。1910年、東京美術学校洋画科卒、研究科に入る。1911 - 1915年、ヨーロッパ留学。帰国して日本美術院同人となる。1922年、同洋画部解散、1923年、同志と春陽会を設立、しばしば渡欧。1937年、文展審査員、1938年、春陽会を脱退。1950年、日展運営会参事。1957年、日本芸術院会員。1958年、日展理事。1966年、勲三等旭日中綬章。 歌舞伎、文楽などの絵を得意とした。 長谷川 昇(はせがわ のぼる、1886年5月11日 - 1973年8月26日)は、日本の洋画家であり、日本芸術院会員を務めました。福島県会津若松市に生まれ、両親と死別後、北海道小樽市の祖父母に育てられました。札幌中学校を卒業後、1905年に東京美術学校西洋画科に入学し、黒田清輝に師事しました。 WIKIPEDIA 在学中の1908年、第2回文展に「海辺」が初入選し、1910年の第4回文展では「白粉」を出品して褒状を受けました。1911年からヨーロッパに渡り、パリに滞在しながらセザンヌやルノワールの作品に触れ、ヴァン・ドンゲンらと交友を深めました。1915年に帰国し、日本美術院洋画部同人となりました。 東京文化財研究所 1923年には同志と共に春陽会を設立し、1938年に同会を退会。その後、文展や日展に作品を出品し、1941年には文展の審査員を務めました。1957年には日本芸術院会員に選ばれ、1966年には勲三等旭日中綬章を受章しました。 WIKIPEDIA 長谷川の作品は、裸婦像や人物像、さらには歌舞伎役者や文楽人形を描いたものが多く、その豊かな色彩と表現力で知られています。彼の作品は現在も高く評価されており、オークション市場などで取引されています。 |