北村季吟きたむらきぎん

時代 江戸時代
カテゴリー 掛け軸,絵画、書画
作品種別 墨蹟・書
プロフィール 北村 季吟(きたむら きぎん、寛永元年12月11日(1625年1月19日) - 宝永2年6月15日(1705年8月4日))は、江戸時代前期の歌人、俳人、和学者。名は静厚、通称は久助・再昌院、別号は慮庵・呂庵・七松子・拾穂軒・湖月亭。

北村季吟(きたむら きぎん、1624年~1705年)は、江戸時代前期を代表する国文学者・俳諧師・歌学者であり、『源氏物語』や『伊勢物語』など古典文学の注釈・整理に大きな功績を残した人物です。
また、将軍直属の文学顧問「歌学方(かがくがた)」に任命された、江戸幕府公認の学者でもあります。

■ 基本情報

名前:北村 季吟(きたむら きぎん)
諱(いみな):正信(まさのぶ)
号・別称:季吟は俳号。別号に「梅里」
生年没年:1624年(寛永元年)〜1705年(宝永2年)
出身地:近江国(現在の滋賀県)
職業:歌人・俳諧師・国文学者・古典注釈家
幕府の役職:歌学方(将軍の和歌指南・古典顧問)
師匠:松永貞徳(俳諧の祖の一人)
■ 生涯と業績

◉ 幼少期〜俳諧の道へ
近江の武家出身。若い頃から学問と詩歌に親しむ。
上洛して松永貞徳に師事し、俳諧を学ぶ。
次第に俳句だけでなく、和歌・古典文学全般の注釈と教育にも力を入れるようになる。
◉ 国文学者としての転身
俳諧師として名を成したのち、古典文学の注釈・整理に本格的に取り組むようになります。

主な注釈書:

『源氏物語湖月抄(こげつしょう)』
→ 『源氏物語』の最初の本格的注釈書。物語全体を通して章ごとの解釈を加えた画期的業績。
『伊勢物語拾穂抄(いせものがたり しゅうすいしょう)』
→ 『伊勢物語』の注釈書として、文法・語釈・背景を丁寧に解説。
**『土左日記抄』『徒然草文段』『枕草子春曙抄』**など、数々の名著を読み解いた。
これらの注釈書は、江戸時代以降の国学・文学教育に多大な影響を与えました。

■ 幕府に仕えて「歌学方」へ

第5代将軍・徳川綱吉の侍講(家庭教師)として登用され、江戸幕府公認の文学顧問=「歌学方」に就任。
この役職は、将軍家の和歌・古典・儀礼などに関する監修を担うもので、後の国学者に先駆ける存在。
江戸時代の武家の教養としての古典教育を整えた立役者でもあります。
■ 俳諧師としての顔

師の松永貞徳の流れをくむ「貞門俳諧」を継承。
儒学・古典の教養を活かし、**知的で優雅な俳諧(連歌風)**を詠んだ。
のちの松尾芭蕉ら「蕉風俳諧」の時代へとつながる過渡期の重要人物。
■ 人柄と文化的影響

柔和で教養ある人物と伝えられ、門下には多くの弟子が集った。
門弟には、のちの俳諧や国文学者たちも多く含まれ、季吟学派として一派を成しました。
『源氏物語』を日本文化の核とみなし、その注釈と教育を通じて後の本居宣長や賀茂真淵ら国学者たちにも間接的に影響を与えました。
■ 主な著作・注釈書(代表的なもの)


書名 解説
源氏物語湖月抄 『源氏物語』の画期的注釈書。広く読まれた定本となる
伊勢物語拾穂抄 『伊勢物語』の詳細な注釈書
枕草子春曙抄 枕草子の文学的・語学的注解を付す
土左日記抄 『土佐日記』の注釈と解説
徒然草文段 『徒然草』の注釈と段ごとの構成整理
■ まとめ:北村季吟の意義


項目 内容
活躍時期 江戸前期(17世紀後半〜18世紀初頭)
分野 古典注釈・国文学・俳諧・歌学
代表作 『源氏物語湖月抄』『伊勢物語拾穂抄』など
評価 初の幕府公認の国文学者として、後の国学形成に道を開く
特徴 和歌・俳諧・注釈を通じて、日本文化の核を体系化した人物