大樋勘兵衛おおひかんべえ

時代 昭和3年〜
カテゴリー 陶磁器全般
作品種別 日本工芸会・陶芸
プロフィール 金沢出身。

「大樋勘兵衛(おおひ かんべえ)」は、加賀藩(現在の石川県金沢市)で発展した**大樋焼(おおひやき)**の創始者として知られ、金沢の茶陶文化を語るうえで欠かせない人物です。以下に詳しくご紹介します。

大樋勘兵衛とは?

■ 初代 大樋勘兵衛(1631年〜1712年)
出自:京都生まれ。名は「勘兵衛」、姓は「加藤」とも伝えられます。
背景:加賀藩5代藩主・前田綱紀が文化振興を推進する中で、茶の湯文化を奨励し、京から多くの文化人を招聘。その一環で、京都の陶工だった勘兵衛も金沢に招かれました。
協働者:当時の金沢の代表的な茶人であり、藩のお抱え茶道家でもあった**裏千家四代・仙叟宗室(せんそう そうしつ)**とともに、大樋焼を創始しました。
大樋焼の特徴

手捏ね成形(てづくね):轆轤(ろくろ)を使わず、手で形を作る技法が多く使われ、手の温もりが感じられる柔らかなフォルムが特徴。
飴釉(あめゆう):黄褐色の飴色の釉薬が代表的で、素朴かつ温かみのある表情を生み出します。
楽焼の影響:京楽(きょうらく)焼の技法をベースに、金沢の地に根差した独自の進化を遂げました。
茶陶中心:抹茶碗を中心に、水指、香合、花入など茶道具の制作が多い。
大樋家の系譜

大樋焼は初代以降、代々「大樋勘兵衛」の名を襲名し、現在に至るまで継承されています。※現在は11代目(2025年時点での情報)まで続いており、現代陶芸の世界でも注目されています。

当代:十代 大樋長左衛門(本名:加藤孝造)
国内外で展覧会を開催し、現代における茶陶のあり方を模索。
十一代 大樋勘兵衛(加藤 亮太郎)
父・十代とともに創作活動を行い、大樋焼の新しい可能性を追求中。
大樋勘兵衛と金沢の文化

大樋焼は金沢の武家文化・茶道文化の象徴ともいえます。
石川県指定無形文化財にも指定されており、地域の誇る伝統工芸として高く評価されています。
金沢市にある「大樋美術館」では歴代の作品や関連資料が展示され、観光名所の一つにもなっています。
補足:仙叟宗室との関係
仙叟宗室は、加賀藩に招かれた裏千家四代の茶人。藩主・前田綱紀の庇護のもと、加賀の茶の湯文化を根付かせました。仙叟の指導のもとで焼かれた大樋焼は、侘び寂びの精神を強く反映した造形をもち、茶人たちに愛用される存在となりました。