秦蔵六はたぞうろく

時代 昭和27年〜
カテゴリー 陶磁器全般
作品種別 伝統工芸・異色作家
プロフィール 京都府出身。

秦蔵六は、日本の金属工芸界において、幕末から明治期にかけて活躍した名匠であり、特に青銅器・鉄器の製作において高い評価を受けています。彼は単なる工芸作家に留まらず、古代中国(周・漢時代)の青銅器に見られる図騰や文様を巧みに取り入れ、伝統と革新を融合させた独自の技法―特に「蜡型(ろうがた)鋳造法」を駆使した作品で知られています。

生涯と経歴
初代秦蔵六
初代秦蔵六は、1824年(文政七年)に山城で生まれ、若い頃は龍文堂の下で安之介など名匠のもとで技術を学びました。伝統的な金属加工技術を習得するとともに、中国古代青銅器への強い憧憬と研究心から、古銅器のデザインを自らの作品に取り入れるようになりました。
その結果、江戸時代の御用工芸品として、孝明天皇御用の印章や、徳川家の大将軍印、明治時代の天皇御用国璽など、格式ある依頼を受けるまでに至りました。初代は1890年(明治二十三年)に66歳で没し、その技術と美意識は後世に多大な影響を与えました。​

家業の継承と流れ
初代秦蔵六の後、その子孫は「秦蔵六」の名を襲名し、代々にわたって金属工芸の伝統を継承しています。
二代目(1854年生まれ、昭和七年没)は、父の技術を受け継ぎながら独自の感性を磨き、作品に戦国時代の青銅器風の表現を取り入れました。
三代目、四代目…と続き、現在は六代目がその伝統を守りながら、新たな挑戦も行っているとされています。
作風と技法
蜡型鋳造法の極致
秦蔵六の最大の特徴は、伝統的な金属鋳造技法の中でも「蜡型鋳造法」を用いる点にあります。この技法は、まず精密な蜡型(ロウ型)を作成し、その上に金属を注ぎ込む方法で、細部にわたる文様や彫刻を忠実に再現できるため、非常に複雑で繊細な作品が生み出されます。
中国古代青銅器の影響
彼の作品には、中国周・漢代の青銅器に見られる力強い図騰や彫刻が多く取り入れられており、金箔や鎏金(りゅうきん)を用いて豪華さと歴史的重みを表現しています。特に「獸口壺(じゅうこうつぼ)」と呼ばれる鉄壺は、古代の獣の口を模したデザインが特徴で、秦蔵六ならではの象徴的な作品とされています。
代表作品と評価
代表作品
秦蔵六の代表作としては、鼎形花瓶や獸口壺などが挙げられます。これらの作品は、金属の重厚感と同時に、金箔の煌めきが絶妙に調和し、まるで古代の遺物を現代に甦らせたかのような美しさを放っています。
皇室御用工芸としての評価
江戸時代から明治時代にかけて、秦蔵六は皇室や幕府からの重要な注文を受け、その技術と芸術性が絶大な信頼を得ました。例えば、孝明天皇の御用印章や、将軍印など、格式ある品々を手掛けたことは、彼の実力の証左です。
後世への影響
その革新的な技法と美意識は、日本の金属工芸界において後進の匠たちに多大な影響を与え、今日でもその技術は高く評価されています。また、秦蔵六の名は、金工界における代々の伝統の象徴として、国内外のオークションや展覧会でしばしば注目の対象となっています。​

まとめ
秦蔵六は、幕末から明治期にかけて活躍した日本の金属工芸の巨匠であり、蜡型鋳造法を駆使して中国古代青銅器の美学を作品に昇華させた点で特筆されます。彼の作り出す鼎形花瓶や獸口壺は、伝統と革新、そして精密な技術が融合した「生きた芸術」として、多くの人々に感動と影響を与え続けています。今日においても、その技法や精神は子孫たちによって継承され、金属工芸の世界における金字塔として語り継がれています。