住吉広保すみよしひろやす
時代 | 江戸時代 |
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カテゴリー | 掛け軸,絵画、書画 |
作品種別 | 絵画 |
プロフィール | 1666-1750 江戸時代前期-中期の画家。 寛文6年生まれ。住吉具慶(ぐけい)の子。住吉派。幕府の御用絵師。寛延3年5月28日死去。85歳。初名は広芬(ひろおき)。通称は内記,内蔵允。法名は至石。 住吉広保(すみよし ひろやす、1666年 - 1750年)は、江戸時代前期から中期にかけて活躍した日本の画家で、住吉派の第3代当主です。彼は、父である住吉具慶の後を継ぎ、幕府の御用絵師として多くの作品を手掛けました。 生涯と経歴 広保は、1666年(寛文6年)に生まれました。父・具慶の薫陶を受け、絵画の技術を磨きました。初名は広芬(ひろおき)で、通称は内記や内蔵允と称されました。彼は、住吉派の伝統を受け継ぎながらも、新たな表現を追求し、その技量は高く評価されていました。また、1711年(正徳元年)には、朝鮮通信使に贈られた贈答屏風の制作を、狩野派の画家たちと共に担当した記録があります。 作品と評価 広保の作品は、細密な描写と濃密な彩色が特徴で、風景画や物語絵巻など多岐にわたります。彼の作品の一例として、「孝謙天皇像(模本)」が挙げられます。この作品は、京都大学総合博物館に所蔵されており、右下に「住吉広保謹図写」の署名が見られます。 住吉派の継承 広保の後、住吉派は彼の子である住吉広守(1705年 - 1777年)が第4代当主として継承しました。広守もまた、幕府の御用絵師として活躍し、住吉派の伝統を守り続けました。 まとめ 住吉広保は、江戸時代の絵画史において重要な役割を果たした画家であり、住吉派の発展に大きく寄与しました。彼の作品は、現在でも高く評価されており、日本美術の貴重な遺産として受け継がれています。 |