木村巽斎きむらそんさい

時代 江戸時代
カテゴリー 掛け軸,絵画、書画
作品種別 絵画
プロフィール 木村 蒹葭堂(きむら けんかどう、元文元年11月28日(1736年12月29日) - 享和2年1月25日(1802年2月27日))は、江戸時代中期の日本の文人、文人画家、本草学者、蔵書家、コレクター。大坂北堀江瓶橋北詰の造り酒屋と仕舞多屋(しもたや、家賃と酒株の貸付)を兼ねる商家の長子として生まれる。名は孔恭(孔龔)、幼名は太吉郎(多吉郎)、字を世肅、号は蒹葭堂の他に、巽斎(遜斎)、通称 坪井屋(壺井屋)吉右衛門。
蒹葭とは葦のことであり、「蒹葭堂」とはもともとは彼の書斎のことである。庭に井戸を掘ったときに葦が出て来たことを愛でてそのように名付けたもので、後にこの書斎の名をもって彼を呼ぶようになった。

木村巽斎(きむら そんさい)は、江戸時代中期の文人・本草学者・画家であり、一般には木村蒹葭堂(けんかどう)の名で知られています。​蒹葭堂は、1736年(元文元年)に大坂(現在の大阪市)北堀江の酒造家に生まれ、1802年(享和2年)に没しました。 ​

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生涯と業績

蒹葭堂は幼少期から学問や芸術に親しみ、特に本草学(薬物学)や書画、詩作など多岐にわたる分野で才能を発揮しました。​彼の邸宅「蒹葭堂」は、多くの文化人や学者が集うサロンとして機能し、当時の知的交流の中心地となりました。​彼の蔵書や収集品は膨大で、書画、骨董、書籍、地図、鉱物標本、動植物標本など多岐にわたり、その知識や収蔵品を求めて諸国から様々な文化人が訪れました。 ​

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号と通称

蒹葭堂は多くの号や通称を持ち、名は孔龔(孔恭)、字は世粛、号は蒹葭堂の他に巽斎(遜斎)を用い、通称は坪井屋(壺井屋)吉右衛門と称しました。​「蒹葭堂」という号は、邸内の井戸を掘った際に古い葦の根が出てきたことを喜び、書斎を「蒹葭堂」と名付けたことに由来します。 ​

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蔵書印

蒹葭堂は多くの蔵書印を使用しており、「蒹葭堂蔵書印」や「蒹葭蔵書」、「木姓秘玩」など10点以上が知られています。​彼の蔵書は没後、幕府に献納され、昌平坂学問所に納められ、現在は内閣文庫に引き継がれています。 ​
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木村巽斎、すなわち木村蒹葭堂は、その博識と多才さで江戸時代中期の文化発展に大きく寄与し、多くの人々に影響を与えました。