与謝蕪村よさのぶそん

時代 江戸時代
カテゴリー 掛け軸,絵画、書画
作品種別 絵画
プロフィール 与謝 蕪村(よさ ぶそん、享保元年(1716年) - 天明3年12月25日(1784年1月17日))は、江戸時代中期の日本の俳人、画家。
本姓は谷口、あるいは谷。「蕪村」は号で、名は信章。通称寅。「蕪村」とは中国の詩人陶淵明の詩「帰去来辞」に由来すると考えられている。俳号は蕪村以外では「宰鳥」、「夜半亭(二世)」があり、画号は「春星」、「謝寅(しゃいん)」など複数ある。

与謝蕪村(よさ ぶそん、1716年 - 1783年)は、江戸時代中期の俳人・画家であり、松尾芭蕉と並び称される日本の俳諧史上の巨匠です。​本名は谷口信章(たにぐち のぶあき)で、号として「蕪村」のほかに「夜半亭」などを用いました。​

生涯

蕪村は、摂津国東成郡毛馬村(現在の大阪市都島区)に生まれました。​若い頃に江戸に出て、俳人・早野巴人(はやの はじん)の門下となり、俳諧を学びました。​その後、諸国を巡りながら俳諧と絵画の研鑽を積み、最終的に京都に定住しました。​京都では、与謝野と号し、俳諧と南画(文人画)の双方で活躍しました。​

俳諧

蕪村の俳諧は、絵画的な感性と繊細な表現が特徴です。​彼の句は、自然や風景を詠んだものが多く、その中には以下のような名句があります。​

菜の花や 月は東に 日は西に​
この句は、春の田園風景を描写し、時間と空間の広がりを感じさせる作品として知られています。​

絵画

画家としての蕪村は、南画の大家として評価されています。​彼の作品は、中国の伝統的な画法を基盤としつつも、日本の風土や感性を取り入れた独自のスタイルを確立しました。​代表作としては、「夜色楼台図」や「四季山水図巻」などがあります。​

評価と影響

蕪村は、俳諧と絵画の双方で卓越した才能を発揮し、その作品は後世の芸術家たちに多大な影響を与えました。​特に、彼の絵画的な俳諧表現は、後の俳人たちに新たな視点を提供しました。​また、彼の南画は、江戸時代の日本絵画の発展に寄与し、多くの弟子を育てました。​

与謝蕪村の生涯と作品は、日本の文化史において重要な位置を占めており、その芸術性は現在も高く評価されています。​