浦上玉堂うらがみぎょくどう

時代 江戸時代
カテゴリー 掛け軸,絵画、書画
作品種別 絵画
プロフィール 浦上玉堂(うらかみ ぎょくどう、1745年 - 1820年10月10日)は、江戸時代後期の文人画家、書家、詩人、音楽家であり、特に七絃琴(しちげんきん)の名手として知られています。​本名は浦上孝弼(たかすけ)、字は君輔(きんすけ)、通称は兵右衛門。​「玉堂清韻」と銘された中国伝来の七絃琴を手に入れたことから、「玉堂琴士」と号しました。 ​


生涯

延享2年(1745年)、岡山藩の支藩である鴨方藩(現在の岡山県浅口市)に生まれました。​藩士として大目付などの要職を務める傍ら、学問、詩文、七絃琴など多彩な芸術活動に親しみました。​50歳の時、武士の身分を捨て、二人の子供(春琴と秋琴)を連れて脱藩し、以後は各地を遍歴しながら創作活動を続けました。 ​


芸術活動

玉堂は、七絃琴の名手として知られ、その演奏や作曲に優れた才能を発揮しました。​また、詩文や書にも秀でており、特に書では隷書や行書を得意としました。​さらに、独自の画風を持つ水墨山水画を多数制作し、その作品は力強い筆致とリズミカルな構成が特徴です。​代表作の一つである「凍雲篩雪図」は国宝に指定されています。 ​

代表作

凍雲篩雪図:​紙本墨画淡彩の山水画で、雪景色を描いた作品。力強い筆致と独特のリズム感が評価されています。 ​

野橋抱琴図:​1814年制作。田舎の橋を渡りながら琴を抱える人物を描いた作品で、玉堂自身の琴愛好を反映しています。 ​
雨後青山図:​雨上がりの青々とした山々を描いた作品で、玉堂の自然観察力と表現力がうかがえます。 ​
メトロポリタン美術館
影響と評価

玉堂の作品は、生前より高い評価を受けており、その独自の芸術性は後世の文人画家たちに影響を与えました。​また、彼の子である浦上春琴、秋琴も画家として活躍し、玉堂の芸術を継承・発展させました。 ​

浦上玉堂の生涯と作品は、江戸時代の文人文化の豊かさと多様性を物語っており、その芸術性は現在も多くの人々を魅了し続けています。​