山崎宗鑑やまざきそうかん
時代 | むろまちじだい |
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カテゴリー | 掛け軸,絵画、書画 |
作品種別 | 墨蹟・書 |
プロフィール | 山崎 宗鑑(やまざき そうかん、寛正6年(1465年)? - 天文23年10月2日(1554年10月28日)?)は、戦国時代の連歌師・俳諧作者。近江国の出身とされるが、本名・出自については諸説ある。 山崎宗鑑(やまざき そうかん)について **山崎宗鑑(1465年頃 – 1553年頃)は、室町時代後期の連歌師・俳諧の祖とされる人物です。**彼はもともと武士でしたが、のちに出家し、庶民的な笑いを取り入れた「俳諧連歌(はいかいれんが)」の先駆者として活躍しました。 1. 生涯と経歴 ① 出自と武士時代 山崎宗鑑の生年は1465年頃とされています。 出身地には諸説あり、近江国(現在の滋賀県)とする説が有力。 若い頃は武士だったといわれていますが、後に武士を捨てて出家しました。 ② 出家と文芸活動 連歌師(詩歌を連ねる文芸活動をする人)として活動を始め、当時の文化人たちと交流を深めました。 宗鑑は、宮廷や公家中心の高尚な連歌に対し、庶民的で滑稽味のある「俳諧連歌(はいかいれんが)」を確立しました。 そのスタイルは後の俳句文化の発展につながります。 ③ 晩年 晩年は伊豆(現在の静岡県伊豆市)に隠棲し、文学活動を続けました。 1553年頃に亡くなったとされています。 2. 文学における業績 ① 俳諧連歌の発展 山崎宗鑑は、連歌に「滑稽さ」「庶民的な表現」を取り入れ、格式張らない作風を生み出しました。 これが後の俳諧(のちに松尾芭蕉が発展させた俳句の源流)につながる重要な転機となりました。 ② 代表作『犬筑波集(いぬつくばしゅう)』 **『犬筑波集』**は、宗鑑が編集した俳諧連歌集です。 連歌の名作『筑波集』をもじって「犬」と付けることで、格式を避けた庶民的な内容であることを示しています。 「風流」と「滑稽」のバランスを取り、当時の民衆にも親しまれました。 3. 山崎宗鑑の影響 俳諧の祖としての評価 宗鑑の作った「俳諧連歌」は、江戸時代に発展した「俳句」の原型となりました。 松尾芭蕉への影響 江戸時代の俳人・松尾芭蕉も、宗鑑の作風に影響を受けたとされています。 庶民文化の発展 連歌はもともと貴族や武士の文化でしたが、宗鑑の俳諧連歌によって、庶民にも広まるきっかけとなりました。 4. 山崎宗鑑の俳諧例 彼の句は、滑稽で親しみやすいものが多いです。 「虱(しらみ)なく 枕の上の うたた寝は 夢もむずかし あやめ草かな」 (しらみがいない枕での昼寝は、まるで夢のように快適だ) このように、当時の庶民の生活を反映した表現が特徴です。 5. まとめ 山崎宗鑑は、室町時代の連歌師であり、「俳諧連歌」の確立者として、後の俳句文化に大きな影響を与えました。彼の代表作『犬筑波集』は、庶民的でユーモラスな作風を持ち、松尾芭蕉ら後世の俳人にも影響を与えました。宗鑑の文学は、格式を重んじる従来の連歌とは異なり、自由で滑稽な表現を追求し、現代に続く俳諧文化の基礎を築いたと言えます。 |