藤原俊成ふじわらのしゅんぜい

時代 平安時代
カテゴリー 掛け軸,絵画、書画
作品種別 古筆・墨蹟
プロフィール 藤原 俊成(ふじわら の としなり)は、平安時代後期から鎌倉時代初期の公家・歌人。名は有職読みで「しゅんぜい」とも読む。藤原北家御子左流、権中納言・藤原俊忠の子。はじめ葉室家に養子に入り藤原(葉室) 顕広(あきひろ)を名乗ったが、後に実家の御子左家に戻り改名した。法名は釈阿。最終官位は正三位・皇太后宮大夫。『千載和歌集』の編者として知られる。

藤原俊成(ふじわら の としなり)とは?
藤原俊成(1114年 - 1204年)は、平安時代末期から鎌倉時代初期の歌人であり、「新古今和歌集」の編纂に影響を与えた重要な人物です。彼は、和歌の名門・御子左家(みこひだりけ)の祖であり、藤原定家の父としても知られています。和歌の革新を推進し、「幽玄(ゆうげん)」という美意識を確立しました。

1. 藤原俊成の生涯

① 出身と家系
藤原俊成は、藤原北家・御子左流の出身で、和歌の伝統を受け継ぐ名家に生まれました。
父は藤原俊忠(としただ)、祖父は藤原顕季(あきすえ)。
俊成の家系は、後に藤原定家へと続き、日本の和歌の中心的存在となります。
② 官職と宮廷での活動
俊成は、和歌だけでなく、貴族としてのキャリアも持ち、**「従二位」「大納言」**といった高位に就きました。
後白河法皇に仕え、和歌の指導者として宮廷文化に貢献しました。
2. 和歌の業績

① 『千載和歌集(せんざいわかしゅう)』の編纂
1188年、後白河法皇の命で『千載和歌集』の撰者となる。
『千載和歌集』は平安時代最後の勅撰和歌集であり、俊成の美意識「幽玄」が色濃く反映されている。
② 「幽玄(ゆうげん)」の美学
俊成は、「幽玄」=奥深い美しさや余韻のある表現を重視。
華やかな「古今和歌集」の時代とは異なり、静かで情緒的な表現を和歌に取り入れた。
3. 代表的な和歌

① 『千載和歌集』所収
「見わたせば 花も紅葉も なかりけり 浦の苫屋(とまや)の 秋の夕暮れ」 (訳)あたりを見渡しても、花も紅葉もない。ただ海辺の粗末な小屋があるだけの、秋の夕暮れの寂しさよ。

➡ これは「幽玄」の代表的な歌であり、「秋の夕暮れ」=静寂の美を象徴するものとして有名です。

② その他の名歌
「ささがにの 糸よりかくる 秋の夜を ひとりかもねむ しのぶるときに」 (訳)蜘蛛の糸のように、もつれながら過ぎる秋の夜を、私はただ一人で寝るのだろうか。

➡ 「秋の夜の寂しさ」「孤独」を感じさせる、情感豊かな表現。

4. 藤原定家との関係

藤原俊成の子である藤原定家(ふじわら の ていか)は、俊成の和歌の流れを受け継ぎ、『新古今和歌集』の中心人物となりました。

俊成の影響で、定家もまた「幽玄」を大切にしながら、さらに「有心(うしん)」という美意識を発展させた。
**「俊成 → 定家」**の流れが、後の日本の和歌の主流を作り上げる。
5. 晩年と死

1204年(元久元年)、91歳で死去。
平安時代末期から鎌倉時代初期にかけて、日本の和歌の中心的存在であり続けた。
6. まとめ

項目 内容
生没年 1114年 - 1204年
代表作 『千載和歌集』編纂、幽玄の美意識
代表歌 「見わたせば 花も紅葉も なかりけり…」
美学 幽玄(奥深く静かな美)
影響 藤原定家に継承され、新古今和歌集へ
地位 和歌の第一人者・大納言
藤原俊成は、和歌の歴史において極めて重要な存在であり、彼の美意識は日本の詩歌文化に深く根付いています。