在原業平ありわらのなりひら
時代 | 平安時代 |
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カテゴリー | 掛け軸,絵画、書画 |
作品種別 | 古筆・墨蹟 |
プロフィール | 在原 業平(ありわら の なりひら)は、平安時代初期の貴族・歌人。平城天皇の孫。贈一品・阿保親王の五男。官位は従四位上・蔵人頭・右近衛権中将。 六歌仙・三十六歌仙の一人。別称の在五中将は在原氏の五男であったことによる。 全百二十五段からなる『伊勢物語』は、在原業平の物語であると古くからみなされてきた。 在原業平(ありわら の なりひら)とは? 在原業平(825年 - 880年)は、平安時代前期の貴族・歌人で、**「六歌仙」や「三十六歌仙」**の一人として名を連ねる、日本文学史上重要な人物です。また、彼の恋多き人生は『伊勢物語』の主人公のモデルともいわれ、情熱的な恋の歌を多く詠んでいます。 1. 在原業平の生涯 ① 出身と家柄 桓武天皇の曾孫(祖父は平城天皇、父は阿保親王)。 しかし、父の阿保親王は政争に巻き込まれ、業平は皇族の身分を離れ、在原姓を与えられた。 そのため、皇族としての待遇は受けられず、貴族として宮廷で活動。 ② 官職と宮廷での活動 貴族として出世はしたが、高い官職には就けず、主に地方官を歴任。 宮廷では和歌や恋愛に才能を発揮し、文芸面での評価が高かった。 2. 在原業平の和歌 在原業平は恋愛の歌を多く残し、その作風は情熱的かつ繊細で、「伊勢物語」にもその歌が収められています。 ① 代表的な和歌 「ちはやぶる 神代も聞かず 竜田川 からくれなゐに 水くくるとは」 (訳)神代の昔にも聞いたことがない。竜田川の水が紅葉で真っ赤に染まるなんて。 『古今和歌集』に収録。 龍田川の紅葉の美しさを詠みながら、恋の激しさを暗示している。 「世の中に 絶えて桜の なかりせば 春の心は のどけからまし」 (訳)もしこの世に桜がなかったならば、春をもっと穏やかな気持ちで過ごせるのに。 桜の美しさと、散りゆく儚さを詠んだ歌。 美しいものほど、失われる悲しみが大きいという感情が込められている。 ② 『伊勢物語』との関係 『伊勢物語』は、在原業平をモデルにしたと考えられる物語で、貴公子の恋愛遍歴を描いた作品です。 業平の多くの恋愛が伝えられ、さまざまな女性とロマンスを繰り広げる。 特に有名な話として、「東下り(あずまくだり)」がある。 業平が都を離れ、東国(現在の関東地方)へ旅する途中、富士山の美しさに感動する場面が描かれる。 3. 在原業平の伝説と逸話 ① 恋多き貴公子 宮廷の女性たちと数多くの恋愛をしたことで知られる。 伝説では、**清和天皇の后(藤原高子)**との密かな恋も噂されている。 ② 東下り伝説 『伊勢物語』に描かれた「東下り」は、業平が京から逃れ、関東へ向かう場面として有名。 その旅の途中で、美しい自然を詠んだ歌が残されている。 4. 在原業平の文化的影響 ① 六歌仙の一人 六歌仙 代表的な特徴 在原業平 情熱的な恋の歌 小野小町 優美な恋の歌 僧正遍昭 宮廷歌人 文屋康秀 優雅な歌 喜撰法師 自然と仏教の歌 大友黒主 古風な歌 ② 彼を題材とした芸術作品 **能「業平」や歌舞伎「伊勢物語」**で取り上げられる。 浮世絵にも在原業平の姿が描かれる。 5. 在原業平の死 880年に亡くなったとされる。 晩年については記録が少ないが、宮廷を離れて静かに暮らしていたとも言われる。 6. まとめ 項目 内容 生没年 825年 - 880年 家柄 桓武天皇の曾孫、在原氏 代表作 『古今和歌集』所収の和歌 六歌仙 恋愛の情熱的な和歌で有名 関係作品 『伊勢物語』の主人公のモデル 伝説 多くの恋愛、清和天皇の后との関係、東下り 在原業平は、美しい和歌と恋愛伝説によって、平安時代の貴公子として今もなお語り継がれています。 |