紀貫之きのつらゆき

時代 平安時代
カテゴリー 掛け軸,絵画、書画
作品種別 古筆・墨蹟
プロフィール 紀 貫之(き の つらゆき)は、平安時代前期の歌人。『古今和歌集』の選者のひとり。また三十六歌仙のひとりでもある。紀友則は従兄弟にあたる。

紀貫之(きのつらゆき)とは?
紀貫之(872年頃 - 945年頃)は、平安時代前期の歌人・貴族であり、『古今和歌集』の撰者の一人として知られています。また、最初の仮名文学とされる『土佐日記』の著者でもあります。彼は和歌の発展に大きく貢献し、日本文学史上で極めて重要な人物の一人です。

1. 紀貫之の生涯

紀貫之は、古代豪族の一つである紀氏の出身で、父は紀長谷雄(きのはせお)とされています。彼は和歌に優れ、宮廷で活躍しました。

宮廷での活躍
紀貫之は宇多天皇・醍醐天皇の時代に活躍し、特に和歌の才能を認められました。彼は905年に醍醐天皇の命を受け、**『古今和歌集』**の編纂を行いました。この『古今和歌集』は、日本最初の勅撰和歌集であり、和歌の歴史において極めて重要な作品です。

その後、彼は**土佐守(とさのかみ)**として土佐(現在の高知県)に赴任しました。この任期中の経験が、『土佐日記』として後に文学作品となります。

2. 紀貫之の代表的な業績

① 『古今和歌集』の編纂
『古今和歌集』は、紀貫之・紀友則(きのとものり)・凡河内躬恒(おおしこうちのみつね)・壬生忠岑(みぶのただみね)の4人によって編纂されました。特に紀貫之は中心的な役割を果たしました。

『古今和歌集』の特徴

日本最初の勅撰和歌集(905年編纂)
和歌のテーマを「やまとうたは、人の心を種として、よろづの言の葉とぞなれり」と述べ、和歌の意義を明確に示した。
「仮名序」(序文)を執筆し、和歌の美しさや役割を説明。
紀貫之の有名な和歌

「人はいさ 心も知らず ふるさとは 花ぞ昔の 香ににほひける」 (訳:あなたの心は変わったかもしれないけれど、昔のこの地の桜の花は、変わらず美しく香っている)

② 『土佐日記』の執筆
『土佐日記』は、紀貫之が土佐国での任期を終え、京へ帰るまでの旅を仮名で記した日記です。

『土佐日記』の特徴

日本最初の仮名(ひらがな)で書かれた文学作品
「男もすなる日記といふものを、女もしてみむとてするなり」(男が書く日記というものを、女のふりをして書いてみよう)という有名な書き出し
紀貫之自身が「女性の語り手」として書くことで、叙情的で感情豊かな文章を生み出した
娘を亡くした悲しみや、旅の辛さなどが描かれている
3. 紀貫之の文学的影響

① 和歌の発展
紀貫之は、『古今和歌集』を通じて、「優美で繊細な和歌」の伝統を確立しました。これにより、平安時代の和歌文化が大きく発展しました。

② 仮名文学の発展
『土佐日記』は、日本最初の仮名文学であり、『源氏物語』や『枕草子』など、後の平安文学に大きな影響を与えました。

③ 歌人としての評価
彼は和歌を芸術の域にまで高め、「和歌の父」とも称されます。後世の歌人にも大きな影響を与えました。

4. 紀貫之の死

紀貫之の没年は945年頃とされています。晩年の活動についてはあまり記録が残っていませんが、『古今和歌集』や『土佐日記』の功績によって、彼の名は日本文学史に永遠に刻まれました。

5. まとめ

項目 内容
生没年 872年頃 - 945年頃
代表作 『古今和歌集』・『土佐日記』
和歌の特徴 繊細で優美、情緒豊か
功績 日本最初の勅撰和歌集の編纂、仮名文学の発展
影響 平安文学・和歌の発展に貢献
紀貫之は、和歌の発展に尽力し、仮名文学の先駆けとなった偉大な文学者でした。彼の作品は今もなお日本文学の基礎として受け継がれています。