友松海北ゆうしょうかいほう

時代 桃山時代
標準発表価格 40,000,000 円
カテゴリー 掛け軸,絵画、書画
作品種別 絵画
プロフィール 生涯と経歴:  浅井氏家臣・海北綱親の五男(あるいは三男)として生まれ、戦国の動乱で幼くして禅門に入り、京の東福寺で修行し、このときに狩野派を学びます。師匠は狩野元信とも狩野永徳ともいわれていますがはっきりしていません。40才代で還俗すると海北家再興を志しますが、豊臣秀吉に画才を認められたことから武門を去り画業に専念しました。 晩年は公家や禅憎と交流を持ち、多くの水墨押絵貼屏風を制作しています。子に同じく絵師の海北友雪。

海北友松(1533年 - 1615年)は、戦国時代末期から江戸時代初期にかけて活躍した日本の画家で、海北派の創始者として知られています。本名は海北尚親(海北綱親)で、浅井家の家臣でした。浅井家の滅亡後、京都の東福寺で修行し、後に狩野派に学びました。

主な作品:

「雲竜図」:京都の建仁寺に所蔵されている作品で、友松の代表作とされています。
「月下渓流図屏風」:アメリカのナルソン・アトキンズ美術館に所蔵されており、友松の晩年の傑作と評価されています。
「竹林七賢図」:京都の建仁寺に所蔵されている作品で、友松の初期の作品です。
友松の作品は、宋元画や狩野派の影響を受けつつ、独自の画風を確立しました。その後の日本画壇に大きな影響を与えました。