流政之ながれまさゆき

時代 大正12年〜
カテゴリー 彫刻
作品種別 現代彫刻家
プロフィール 1923年長崎県に生まれ、幼少時代は東京で過ごす。1936年京都に移り、1942年立命館大学法文学部へ進学。その後中退し、海軍予備学生出身の零戦搭乗員として終戦を迎える。その後、世界各地を放浪、独学で彫刻を学び現在に至る。1964年にニューヨーク世界博覧会で壁画「ストーンクレージー」(日本から2500個、600tの石を運んだ。)を展示し話題を呼ぶ。1975年には、ニューヨーク世界貿易センターのシンボルとして約250トンの巨大彫刻『雲の砦』をつくり国際的評価を得る。また、作品『受』はニューヨーク近代美術館の永久保存作品(パーマネントコレクション)として収蔵されており、彼の国際的評価の高さを裏付けている。1967年には、TIMEが選ぶ日本を代表する文化人の一人に選ばれた。
彫刻家として活躍するかたわら、庭園の作品も残す。代表作に東京天理教館庭園、皆生温泉東光園庭園などがある。
1987年に日本経済新聞「私の履歴書」に自伝を掲載する。
最近の作品に、関西学院大学理学部(現理工学部)の兵庫県三田市への移転を記念して制作された『月わたり』(2001年、黒御影石)、立命館慶祥中学校・同高等学校に寄贈された『NANDABE』(2004年)などがある。
2005年11月8日、JapanStoneFairにおいて「こころわけ」を発表。
2013年(90歳)現在、高松市郊外の庵治半島の北端近くにアトリエを構え住む[1]。

流政之(ながれ まさゆき、1923年2月14日 - 2018年7月7日)は、日本の彫刻家、作庭家で、世界的に高い評価を受けています。長崎県に生まれ、幼少期を東京で過ごし、1936年に京都に移住しました。父は立命館大学創設者の中川小十郎で、流政之は同大学に進学しますが、後に中退し、海軍飛行科予備学生として零戦パイロットとなりました。戦後は日本各地を放浪し、独学で彫刻を学びました。

主な受賞歴:

1962年: 日本建築学会賞(作品賞)を受賞。
1974年: 日本芸術大賞を受賞。
1978年: 第9回中原悌二郎賞を受賞。
1982年: 第8回吉田五十八賞を受賞。
1994年: 第22回長野野外彫刻賞を受賞。
1995年: 鳥取県景観大賞を受賞。
主な作品:

「雲の砦」:1975年にニューヨーク世界貿易センターのシンボルとして制作された約250トンの巨大彫刻。
「波しぐれ三度笠」:鳥取県に設置された作品。
「北追岬」:北海道奥尻島の彫刻公園に設置された作品。
また、彼の作品はオークション市場でも取引されており、その価値が広く認められています。

2018年7月7日に老衰のため死去。享年95歳。死没日をもって従四位に叙されました。

彼の自宅兼アトリエは、香川県高松市の庵治半島東の岬に位置し、1966年から制作拠点として使用されていました。この場所は「ナガレスタジオ 流政之美術館」として公開されており、彼の作品や制作環境を直接体験することができます。

流政之氏の作品は、自然と調和した美しい造形で知られ、多くの人々に感動を与え続けています。